自分が現実を創りだす~不登校のお子さんのことで悩んでいたYさんの話~
今日は、2年ほど前から私の個人相談セッションを受けているクライアントのYさんのお話をしようと思います。(ご本人の了解をいただいています)
昨日、Yさんとは数か月ぶりのセッションだったのですが、しみじみと一緒に過去を振り返りながら「本当に変わったよねーー」と盛り上がっていました。
思えば2年前、当時小3の長男の不登校に悩み、追い詰められた状態で私のセッションを受け始めたYさん。
出てくる言葉は、「学校はこの子を理解してくれない」「この子はいじめにあっている」「この子の苦しみを何とかしてあげたい」「今この子に必要なのは、心が満たされること。そのためのことをしてあげたい」という母としての悲痛な思いでした。
当時のYさんは、周りの敵から苦しむわが子を守ろうとして、必死になってもがいていました。
学校にこの子を理解してもらおう、子どもを元気にしてあげよう、「そのために」私はなにをすればいい?
「そのために」とは、学校にこの子の苦しみを理解してもらうこと、そして子どもが元気になること。
そう
Yさんはずっと自分以外の他人を変えようと必死に頑張っていたのです。
でも他人を思い通りにコントロールすることはできないから、自分ではわが子を守り切れないという想いにかられるようになりました。
そうして自分を責め、どんどん絶望感に襲われ負のスパイラルに陥っていたのです。
でもセッションを重ね、自分と向き合うことでYさんの中に疑念がわきました。
学校は本当にこの子を理解していなかったのだろうか?
この子は本当に心が満たされていない可哀そうな子なのだろうか?
そして深く深く自分と向き合う中で、Yさんは気が付いたのです。
学校を敵に仕立てていたのも、そしてわが子を可哀そうな子に仕立てていたのも、自分自身だったということに。
Yさんは、それまで学校が敵だと思っていたから「わかってくれない」「~してくれない」という不信感と怒りでいっぱいでした。
でも、「もしかして学校なりにこの子を理解してくれるのかも?」という想いがわいた時、Yさんは学校に対して「~してほしい」という要求を辞めてみました。
そして代わりに「~について困っているんです。どうしたらいいでしょうか?」と素直に頼ってみた・・・つまり勇気を出して(敵に)自分を委ねてみたのです。
するとこじれていた学校との関係が劇的に良くなって、学校は敵ではなく、信頼関係で築かれたパートナーになることができました。
そしてわが子に対しては、自分の問題と子どもの問題を分けて考え、自分で子どもの気持ちを想像して決めつける前に、子どもの気持ちを聞くようになりました。
そして子どもの判断に任せて、子どもを信頼するようにしたのです。
すると長男は、少しずつ登校するようになり、今では自分からお友達を誘って学校に行ったり、妹と一緒に子どもだけで飛行機に乗ったりできるようになりました。
そしてこんなことも言ったそうです。
「お母さん、僕、いじめられてなんかいなかったんだよ」と。
長男は、お友達とのトラブルはあったけれど、それを一方的にいじめられていたとは認識していなかったのです。
Yさんは自分の中で「長男はいじめられていた(この子は可哀そうな子だから)」と捉えて、自分の捉え方に振り回されていたのでした。
なぜ、Yさんはこんなふうに学校や子どもを信頼できるようになったのか。
決して上記で書いたような方法論だけで、解決したわけではありません。
というより、上記のような方法を選択できたのは、Yさんが勇気をもって自分の心の傷と向き合ったからです。
ずっと自分が幼かった時の心の傷をなかったことにしていたYさん。
だから私の質問が自分の核心に近づくと、必ず話が横道に逸れ、何を言いたいのかわからなくなることがしばしばありました。
でもYさんはあきらめることなく、少しずつ少しずつ見たくないものを、見始めました。
今でこそ「ホント苦しかったぁ」と笑いながら話すYさんですが、なかったことにするくらい二度と味わいたくなかった感情に、もう一度触れるのは本当にしんどかったと思います。
でもその幼かった時の辛かった感情を味わって、「あの時悲しかった」「あの時傷ついた」と自分に正直になれた時、Yさんは実は自分が昔からとても愛されていたことに気が付くことができました。
なぜなら悲しみでいっぱいだった時は見えなかった愛が、実は「既にある」ことに気が付いたからです。
でも今までのYさんは、自分の心の傷をなかったことにして、感情に蓋をしていたため、心の奥底ではそれがわからなかった。
(意識の上では「私は愛されて育ちました」と言っていたYさん。でも根っこの部分では傷を持ったままでした。そこで周りの大人たち悪者にしないために、自分の傷ついた心をなかったことにし、無意識に傷ついていないと自分を説得していたのです。)
だから
長男と自分の姿を同一化して、可哀そう可哀そうと必死に守ろうとしたのです。
そして心の傷をなかったことにして、悲しみをため込んでいたために、愛を受け取れず、相手に愛を見いだせず、学校に対して「わかってくれない」と責めていたのです。
長男=自分
学校=周りの大人たち
Yさんは自分の中の戦いを、現実に創りだしていたのでした。
でも幼かった自分は、傷ついていたし悲しかったけれど、実は愛されていた。
しかも意外と自分は大丈夫だったし、しっかりしていたことに気付いたYさんは、自分を信頼し始めました。
だから長男のことも「この子なら大丈夫」と信頼できるようになったのです。
そしてかつての周りの大人は、自分が望んでいた形ではなかったけれども、実は愛してくれていたことが心でわかったYさん。
だから学校に対しても、素直に自分の心配や不安を伝え、信頼できるようになったのです。
「本当に今、すごく楽ちん!」Yさんはすごく嬉しそうに話してくれます。
似たような問題が目の前に現れても、以前の自分だったら苦しんでいたのが、今じゃ余裕で「問題」ではなく「出来事」として対処できるようになったとのこと。
そしてYさんは昔の自分に伝えたいそうです。
「あなたはそのままでも幸せなんだよ」と。
*******
今回のセッションでYさんを見ていて、私も胸がいっぱいで、心から良かったなぁと思いました。
そして同時に、つくづくこう思ったのです。
Yさんの姿は私の姿なのだと。
2年間セッションをする中で、私が自分らしくいることを大切に、自分に正直にいればいるほど、Yさんは自分と向き合い、どんどん変わっていきました。
きっと私自身が以前のように方法論だけに依存していたら、おそらく根本が変わらないまま、Yさんは問題を消してはまた新たな問題を創りだしていたと思います。
そして私はずっとYさんに同じようなセッションをし続け、結果的にYさんの依存を創りだしていたと思うのです。
Yさんが自分で現実を創りだしていたように、私もまた自分で現実を創っている。
だからまずは私自身が、自分を欺かず、正直にいること、自由に生きること、そして幸せを受け取ることを恐れずにいたいと思っています。
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本当の気持ちはどこ?2
前記事「本当の気持ちはどこ?」の続きです♪
さて、勇気を出して伝えると決めたお母さんと後日会うことができました。
「先生!この子を保育園に預けないことになりました!」
顔をキラキラさせながらお母さんは話してくれました。
「この1年はこの子と過ごしていいって旦那が言ってくれたんです。でも来年は頑張って働こうと思って」
「そうだったんだ!良かったーーー!お姑さんにもお話しできたの?」
「はい、私の気持ちを伝えたら、あっさりそれでいいんじゃない?って(笑)」
「本当に?うわー!思い切って伝えてみて良かったねー」
そんなふうにひとしきり盛り上がった後でした。
「実はこの事は先生には話してなかったんですけど・・・・」
お母さんが恥ずかしそうに切り出してきました。
「え?なんだろう?」
「私・・・実は旦那のこと責めていたんです。なんでこんなに稼ぎが悪いの?生活が苦しいんだよって。」
「そうだったんだ・・・」
「でも私が気持ちを伝えたら、旦那はいいよって言ってくれたんです。だから今は旦那には感謝の気持ちしかありません。今まで責めてごめんなさいって謝ることもできました。この1年は旦那の言葉に甘えて、来年、もうちょっとこの子が大きくなった時に頑張るつもりです!」
お母さんの表情には全く迷いがありませんでした。
すごいな・・・
なんて勇気のある素直な人なんだろう
それがこの時の私の感想です。
もしわたしがこのお母さんだったら、旦那を責めた手前、「この子と過ごしたいから働きたくない」って言えなかったと思うのです。
自分の言ったことを曲げたくない
自分を正当化したい
欠点を作りたくない
反撃の隙を与えたくない
こうやって自分を守るつもりの意地が、自分の中にある大事な大事な心を殺してしまっていただろうと思います。
もしこうやって自分の大事な心を殺してしまったとすれば、必ずこう思うはず。
「あなたが稼いでくれないから、私はこんなに苦労して子育てしながら働いてやっているのに」
「こんなに頑張っているのに、なんでいつも苦しい生活から抜け出せないんだろう。もうただただ生きていくためだけに働いているみたいでいやだ」
そんな幸せを感じられない生き方が想像できて、ぞっとするのです。
でもお母さんは、勇気を出して素直に自分の本当の気持ちである「~したい」を伝えられた。
だからお金は厳しくても、一番の願いである子どもとの時間を大切にできて、そして旦那様への感謝の気持ちで今を過ごすことができているのだと思います。
勉強になった・・・(*´Д`)←独身
本当の気持ちはどこ?
ある子育てセミナーが終わった時のこと。
「この子を保育園に預けて、働きたいんです」
1歳になったばかりの男の子を抱っこしながら、そのお母さんは真剣な表情で切り出しました。
「まだこんなに小さいけど、保育園に預けても大丈夫ですよね?」
不安そうにしながら、「大丈夫ですよ。心配しないでね」という言葉を言ってもらいたそうに尋ねるお母さん。
私は妙な違和感を感じながら、「もちろん子どもは大丈夫ですよ。ご心配なら、近くの保育園の遊びの広場に行って、同じくらいの子どもたちの様子を見せてもらうと安心すると思いますよ」と答えました。
「そっかぁ・・・・良かった」
そう言いながら、いとおしそうに自分の子どもの頭をなでるお母さん。
そこで「これから働こうと思っているんですか?」と質問すると、実は経済状態が厳しくて旦那から働いてほしいとお願いされていること、姑もバリバリ働きながら子育てをしてきた人なので、「家計が厳しいなら、働くといいわよ。子どもは保育園に預けても大丈夫だから」と悪気なく言われていることなど話してくれました。
お母さんは、話しながらもずっと愛情いっぱいのまなざしで、わが子を見つめています。
そこで思い切って聞いてみました。
「お母さん・・・・見当違いだったらごめんね。もしかして本当は、保育園にこの子を預けたくないんじゃないかな?」
その瞬間、お母さんは大きく目を見開いて、涙をぼろぼろこぼしたのです。
そしてお母さんはそのまま嗚咽しはじめ、しばらく涙が止まりませんでした。
しばらく泣いて落ち着くと、お母さんはぽつりぽつりと話してくれました。
本当はこの子と一緒に過ごしていたいこと、でも家計が苦しいからこれからのことを考えると、やっぱり働かなくてはいけないと思っていること、そして姑がちゃんと働きながら子育てしてきたのに、自分がそれをしないのはなんだか心苦しいことなどなど・・・。
「でも・・・本当はこの子と一緒にいたいんです」
そう言って、また涙を流していました。
うん、そうだよね。
それが本当にお母さんの本当の気持ちだったんだよね。
「~したい」気持ちと「~しなくてはいけない」気持ちのせめぎあい。
これ、どっちを選んでも苦しい。
とってもよくわかる。
それでも
私は必ず「~したい」を大事にしてください、と提案しています。
この「~したい」を選ぶということは、「私のわがままを通していいのかな?」「そのせいで周りが迷惑にならないかな?」という葛藤を持つということ。
このお母さんもそうでした。
「私がこの子と一緒にいたいということを言ってしまったら、旦那と姑はなんて思うんだろう?」と。
とってもとっても怖かったはず。
でも「この子と一緒にいたい」という自分の本心に気付いたお母さんは、どうしても自分の心に嘘はつけず、「私、勇気を出して伝えてみます」と言って帰られました。
驚きの?後日談はまた続きで☆
頑張り屋の拗ね子ちゃん
2カ月ほど前かな?
あるイベントに参加した時の事。
そこにちょーーーー可愛くて、ちょーーーー気配りのできる女の子がいました。
手順の先の先を読んで、がんがん動き回り、笑顔でみんなを盛り上げる事も忘れない。
「○○ちゃんっていいお嫁さんになれるよねーー♪こんな嫁欲しいぜ!」なんて話かけていたら、彼女はふっと寂しそうに笑ってぽつりと言った。
「結構気張ってるんだけどな・・・」
およ?
・・・・・・。
あー・・・・(・∀・)なーる・・・
わかるわその感じ。
めっちゃ空気読んで、気配りして頑張ってるんだけど、周りはそれが当たり前になっていて、なぜか自分は「そういうキャラ」設定されていて、「いやいや、この場をなんとか楽しくしたくて皆のために頑張ってるだけで、ホントは普段の自分は違うのに、なんでそういうことになってんの?」とか思うんだけど、もはやその空気感には抗えないって感じ?
はー・・・・一気にしゃべった!
わかるわかる。
私もそういうタイプだった!!
「普段の自分はホントは違うのに」って思っているから
「よくできた人だね!」って褒められると「いやいやそんなことないの」って否定したくなる。
逆に「あなたがやってくれるから、いいよね」って頼られると「好きでやってるわけじゃない」ってカチンとくる。
でも「じゃあやりたくないならやらなきゃいいじゃん。普段の自分のまんまで」って言われると「それができたらどんなに楽か!」って反論したくなる。
・・・・なんだこの拗ね具合(笑)
どうしろっちゅうねん。
よーーーし!認定しちゃる!!
命名「頑張り屋の拗ね子ちゃん」
これ、私は昔合コンの時によく発動していた気がするなーーー
一生懸命場を盛り上げようと、ピエロに徹しているんだけど、実は内心「・・・疲れた」「あとどれくらいで帰れるんだろ」「めっちゃ頑張ってるし」とか思っていました。
やってあげてる感満載。
だからこの苦労を分かってもらえないと、勝手に孤独感感じたり。
で、その後アプローチしてくる男子に対しては、「こういう私だからアプローチしてきたんでしょ。ホントの私を見たらがっかりするくせに・・・」とか思っていました。
イタい。イタすぎるぜ自分。
まぁこんなのはほんの1例で、職場でもプライベートの人間関係でも散々こんなようなことやってましたな。
何かの大役を押しつけられ、引き受ける→「誰もやる人いないなら仕方ないとは思うけど・・・・また貧乏くじひいちゃったよ」
延々と愚痴や悪口を聞かされ、同意を求められ、曖昧な笑顔で必死にごまかす→「こんなこと、ホントは聞きたくないのに」
彼氏に尽くしても感謝されることなく、逆に手を抜くと彼が不機嫌になる→「なんで私ばっかり・・・。こんなに頑張っているのに、まだ頑張らないといけないの?」
世のため人のため、一肌脱げばなぜか損な役回り。
なのに周りは私の表面的な事しか見てないし、私の苦悩なんてわかっちゃいない。
そのうち感謝される事もなくなり、それが当たり前になってしまうと、もう「嫌だ」なんて言えない。
こういう時の私は、空気を読んでくれる人というか、気持ちを察してくれる人がだ―いすき!だったように思う。
「あ、手伝うよ」「いつもよく頑張ってくれるよね」って言ってくれる人がだ―いすき!だった。
私に対して当たり前のように何かを押しつける人には、「ありがとう」ってたった一言言ってもらえれば、もっと頑張れるのにって思ってた。
そして空気を読まないで自由でいる人が羨ましく、空気が読めない人には腹が立った。
そのくせ「損な役回りを引き受けたのは自分の責任」なーんてことも思っていたから、私と同じように「私の苦労、私の言いたい事を察して欲しい」という遠回りな物言いをする人が、本当に本当に苦手だった。
本当は私にやって欲しいのに、それが言えなくて「私がやるよ」ってこちらが言うまで食い下がる人に対して、「やって欲しいなら、素直に言えよ」なんて思っておりました。はい。←性格悪!笑
でもなんで腹を立てていたかといえば、根本には「私は損な役回りを引き受けても我慢して(やって)んだ。それを文句言わずにやって(あげて)いるんだ」という無意識の思いがあったから。
私はこんなに我慢してんのに、あんたは私ってこんなに我慢しているのよって事を私に気付かせようとしている!性格悪!!って。
性格悪いのどっちやねん(´∀`)
なんかこうやって文字にすると、自分のしてきた事に戦慄が走っちゃうな!!
震((((;゚Д゚)))))))
しかも不特定多数が読むブログに顔出し、名前出しでこれを書く勇気・・・!!
えっと・・
誰かこの勇気を褒めてくんないかな(///∇//)←え?
・・・・こほん=3
頑張り屋の拗ね子ちゃん
なんでこんなに捻くれながらも頑張ってしまうのかといったら・・・
勝ちたい
すごいと言われたい
デキると思われたい
評価されたい
万能でありたい
・・・・・という思いと
上記を失いたくないという思い。
本当はだいぶ前からわかっていた。
「自分がいなくても、仕事も物事もちゃんと動いていくんだろうな」ってこと。
別に自分がわざわざ頑張って仕切ったり、お世話しなくても周りはちゃんと動いていく。
自分が凄くても凄くなくても、評価されても評価されなくても、周りは関係なかった。
そこはちゃんとわかっていた。
わかってはいたけど、でもやめられなかった。
何故なら自分側から見た風景しかその時は見えなかったから。
でも逆に反対側から自分が見えた時、ある事に気がついた。
自分がいなくても周りは動いていく。
でもだからといって、自分の価値が変わるわけじゃない。
これがね
ずーーっとわかんなかった。
いや、多分頭では分かっていたけど、心がわかっていなかった。
そう、多分私はこんな公式に怯えていたんだと思う。
自分がいなくても周りが動く=自分に存在価値はない。
だから自分の存在価値を見せつけるために、勝ちたかったし評価されたかったし認めてもらいたかった。
それをもらうために「やってあげていた」
「やってあげる」ことをしなくなることで、勝てなくなる事、評価されない事、もっと言えば出来ない奴と思われる事や嫌われる事が怖かった。
「なんにもしなくていいよ」と言われるとすごく不安になっていた。
「誰かの役に立ちたい」と強く思っていた。
だって
他人の評価と承認が欲しかったから。
そりゃ疲れるわけよ。
自分の思い通りに、そして思い通りのタイミングで、他人から認めてもらったり励まされたりするわけないもん。
他人の顔色をちらちら見ながら、「ヘーキヘーキ!」なテイで、これ見よがしに頑張ってる感じ?
頑張り屋の拗ね子ちゃん、頑張りどころを間違えてます。
かーーーわーーーいーーーーくなーーーーーーーい!!!!
だからあえて意識的に、ダメな奴になってみた。
「何とかするね」じゃなくて「できない」と言ってみる。
「いいよ」じゃなくて「やだ」と言ってみる。
「やらなくていい」と言われたら、「ラッキー」って思ってみる。
「何やろうか?」じゃなくて「お願いやって♪」って言ってみる。
ダダをこねてみる。
真面目に受け取らないで、茶化したりバカにしてみる。
「気がつかなくてごめんね」は言わないようにする。気がつかないフリもしてみる。
褒められたら、自虐ネタを披露したいのをぐっとこらえて、目を合わさなくてもいいからとりあえず「ありがとう」と言ってみる。
自分の自慢を聴いてもらう。
つまり
「できなくても自分の価値は変わらない」ことを前提に、思い切って「やってあげる」立場から「やってもらう」立場になってみた。
ええ、ええ、コーチングの授業で学んだ「存在価値・自己イメージ」そして「立場と焦点」が生きていたんですな。
「やってあげる」立場に立っていた時は、自分の「やってあげなきゃいけない」と駆り立てられることばっか目についていた。
あそこが足りない、ここはもっとこうしたほうがいいのに。
そして私以上に気がつく人には、自分の役割を奪い取られた気がして、勝手に劣等感を感じていたりした。
でも思い切って「できなくても自分の価値は変わらない」ことを前提に、「やってもらう」立場に立ってみると嫌でも「やってもらったこと」に目がつく。
すると不思議な事に、やってもらえることの感謝がふつふつとわいてきた。
「あーーーこんなにしてもらっていたんだ」
「こんなに許してもらえるんだ」
そして素直に「○○さんて本当に凄い人だな!!」って尊敬の気持ちが湧いた。
もちろん拒否反応というか、冷たい反応もあった。
きっと以前の私だったら「もの凄く勇気を出して、お願いしたのにわかってもらえない!」って悲劇のヒロインになっていました。
でも
いやいや待ちなされ。
って思う事が、少しずつできるようになってきました。
自分がこれまで当たり前にやってきたことと、逆の事をやろうとしているんだから、そりゃ相手も戸惑うわな。突然には受け入れられないわな。葛藤するための時間がいるわな。
自分だって散々葛藤してきたんだから。
それに受け入れられてもらわなくても「できなくても自分の価値は変わらない」っていう前提がある。
ならいっか。
なーーーんてことを実はこっそりやっておりました。
んでもって現在。
相変わらず沈黙があれば、最初に口火を切ってしまうし、誰かの役に立つことに喜びを感じております。
以前ほどではないけど仕切る事もやってるし、盛り上げる事もやっている。
いわゆる損な役回りもやったりしている。
要は見た目、あんまり変わっていません(ノ∀`)
うん、全然変わってないの。
変わってないんだけどね
でもね
全く疲れないし、めっちゃ楽しいですヽ(´▽`)/
もちろん傷つくことも葛藤する事も、悩む事もあるけど「大丈夫」って思えたりします( ´艸`)
少なくとも
今は拗ねてないから(ドヤ!)
まぁでもね
たまには拗ねてもいっか☆笑
正子ちゃんシリーズ子育てママ・先生編
子育てママ・先生へ
こんな時に正子ちゃんはいませんか?
例えば子どもが(兄弟)げんかをした時・・・
「妹はまだ小さいからわからないの。お兄ちゃんがこういう時は我慢してあげて」
「弟は先に手を出したのがいけない。お姉ちゃんはやり返したのがいけない。喧嘩両成敗ね」
「お兄ちゃんの物を勝手に取ったりするからこういうことになるの」
これ・・・・実は自分の中の「正しさ」が主張している時なんです。
誤解しないでくださいね。
子供の喧嘩の仲裁がいけないという事ではありません。
ただこういう事を言っている時ってこんなふうに思っていませんか?
「この場を、正しくちゃんと収めなくてはいけない。」
「子どもに正しい解決方法を教えてあげなくてはいけない」
「ちゃんと躾けなきゃいけない」
私・・・・保育士時代の子どもの喧嘩の仲裁の時、間違いなくこれ思っていました(o ̄∀ ̄)ノ
そしてタチの悪い事にそれを「普通に考えて」「常識的には」と世間を味方につけて、「自分の正しさ」を「間違えているはずがない!」と主張しておりました・・・。
・・・非常に残念です。
もし、あなたにこういう想いが自分の中にあるのだとしたら、「あ・・・今自分の正しさを子どもに押し付けちゃったかもしれないな」と振り返ってみるといいかもしれません。
実はこういう場面で子どもにとって必要なのは「親や先生の考える正しさを学ぶこと」ではなく、「お互いの気持ちを分かり合う事」なんですよね。
だとしたら、「分かり合う」ために親や先生は、子ども同士が気持ちのやり取りができるような仲介役をすればいいんですよね。
もちろんその時は「お母さんはこう思うよ」「先生はこう思うな」と、伝えてもかまわないと思います。
でもあくまでもそれは一つの意見。
「君はどう思う?」
聴く事を忘れないようにしたいですね(*´∀`*)
うまくいかないことも沢山ありますが、うまくいかなくて当たり前☆
成長するってそういうことなんだと思います。
「できないからやれない」のではなく「やるからできるようになる」
ながーい目で見守っていきたいですね☆
私は正しい!その3
私は正しい!その1
私は正しい!その2
続きです♪
今回のメッセージ・・・もはやあちらの正子ちゃんのためというより、自分のため(笑)
ちょうど批判を頂いた件で、自分の考えを明らかにしたいという想いもありました。
なのであちらの正子ちゃんへ
「本当はもっと話を聴いて、そちらの想いを理解したい・・・だがネットというツールでは難しい事」
「そのためこちら側の想いを一方的に述べる側面があるが、ご容赦いただきたい事」
「そちら側から見える私の姿(予想)」
「こちらの目的と、方法論」
「きっと想いは同じだが、そちらと私とでは目的も方法も違う。それぞれの違いと理解していただけると嬉しい」ことを書きました。
さてさて、出来上がったメッセージをネット上にアップしたところ、もの凄い反響が。
100件近くのコメントが寄せられました。
詳しくは書けませんが、殆どが肯定的な反応でした。
もちろんわずかだったけど、マイナスの反応もありました。
そんな反応の中、私は正直あちらの正子ちゃんからは何の反応もないか、逆にもっと「あんたは間違ってる!」と攻撃してくるかもしれないなと思っていました。
でもそうなったら、これ以上対応しない事も決めていました。
そう思っていたのに
予想を裏切られました。
あちらの正子ちゃんから「一方的に非難してごめんなさい。誤解していました。」という謝罪のコメントが届いたのです。
(((;゜Д゜))!!!
私に届いた長いメッセージには、なぜ怒りを感じてしまったのか自分の想いが素直に語られていて、(あっちの)正子ちゃんの持つ優しさが溢れていました。
読みながら「そっかぁ・・・そんな経験があって、そう思っていたのなら、私の言葉に敏感に反応しちゃうよね。・・・そう思っちゃうよね」なんて思わず涙ぐんじゃったり。
もうさ・・・
あんたも相当めんどくさい子やね(´Д⊂グスン(愛しい)
ただわかってもらいたいだけなのに、私の正子ちゃんもあっちの正子ちゃんも、自分の正しさを他人から「正しい」って言ってもらいたがっていた。
ほんとは他人の「正しい」って許可なんていらないのに。
自分は自分でいいのに。
ただそれを分かり合うだけでいいのに。
だからさ
正子ちゃんの話にこれからはちゃんと自分が耳を傾けるよ・・・!
******
自分と相手とのやりとりにおいて、相手の言い分や正しさを論破できたらすごく気持ちいいかもしれない。
物事や人をこれは正しいか正しくないか評価したり、常識か非常識か裁いたり・・・・・・周囲の判断を仰いで、自分が正しいと判断された時は、その瞬間は安心できるかもしれない。
どう考えても相手の方に非があると思える時はなおさら。
でも
そうやって自分の正しさを勝ち取って得たものってなんだろう。
・・・もしかしたらそれは自分の選択に自信を持てることかもしれない。
でもそうやって相手に間違っているというレッテルを貼ったり、他人の許可を求めて勝ち取った自信なんて、あっけなく壊れてしまうんじゃないだろうか。
相手に間違っているというレッテルを張れば、これからも戦わなくてはいけない。
他人の許可を求めていれば、これからも許可を求めなくてはいけない。
それってさ・・・
つらいやん。
そんなことに頑張る必要なんてない。
ただそのまんまの自分でいい。
そしてその人もそのまんまでいい。
ただそのまんまを認めて、そして分かり合うだけで。
この一言に尽きるよね。
それでいいのだぁ~(@バカボンのパパ)←U子ちゃんパクっちゃったΣ(ノ∀`)ペシッ
正子ちゃんシリーズ完
私は正しい!その2
前回の記事「私は正しい!その1」の続きです♪
さてさてお怒りモードの正子ちゃんへのセッション。
よく考えてみたら私、正子ちゃんの言い分、聞いているようで聞いていなかったかも。
正子ちゃん、相手の正子ちゃんへぎゃんぎゃん文句言っているけど、でもなにがうちの正子ちゃんを怒らせたのか全然わかってなかったな。私。
そこで正子ちゃんに聞いてみた。
「正子ちゃん、相手の正子ちゃんに何て言ってやろうか?好きなだけ悪態ついていいよ☆」
正子の表情⇒・゚゚・(▼∀▼)・゚゚・まじですか?(喜)
輝いてる・・・輝いてるよ正子ちゃん!
そんなにやりたかったのか!
実は批判をした方宛てに返事のメッセージはもう書いてあったのだけど、うちの正子ちゃんは私の書いた内容に不満顔だったため、そのメッセージをまだ出せずにいたのです。
なので、正子ちゃんに自由に書き足してもらった。
「これ入れて!『あなたはこうおっしゃっているけど、なぜそういう受け取り方になるのか理解に苦しみます。本当に私の記事をきちんと読まれたのでしょうか』」
「あとこれも!『私を偽善者とおっしゃいますが、自分の憂さ晴らしのための言葉を並べておきながら、人の気持ちがわからない人!などと中途半端な正義感を振りかざすあなたは一体何なんでしょうね。』」
「これも!あとこれも!・・・・・・・」
「これも!」
まー・・・・・
出るわ出るわ(´∀`)
そして正子ちゃんは書き足しながら、ぶつぶつひとりごとを言い始めた。
「ほんと向こうは浅いんだよね!自分の事しか考えてないくせに、まるで私の方が自分の事しか考えてないみたいに攻撃してきてさ・・・!」
「私がこの記事を書くのに、どんだけ想いをこめて・・・どんだけ葛藤しながら書いたと思ってんだよ!」
「この記事公開するの、凄く怖かったんだから!ナーバスな人から反応来るかもしれないって・・・!それでも伝えようって勇気出して書いたんだから!」
あれ?
なんか涙声になってきたぞ。
「こんなに一生懸命やってるのに」
「いろんなこと、沢山考えているのに・・・ちゃんとやってるのに・・・」
「批判が来る事もわかっていたけど、そういうことも含めて全部頑張ったのに・・・」
正子ちゃん、涙止まらず。
あー・・・そっか・・・
そっかぁ・・・・
・・・。
正子ちゃん、認めてもらいたかったんだね。
自分の「頑張り」をわかってもらいたかったんだよね。
だからこんなに一生懸命相手がどれだけ間違っているか主張していたんだね。
私を認めさせるために、相手を批判したかったんだね。
相手が私にそうしたように。
でもさ、ほんとはただ一生懸命だった事、誠実でいた事をわかってもらいたかったんだよね。
あんなに態度のデカかった正子ちゃんが、今や身体をちっこくしてえんえんむせび泣いている。
なんてめんどくさい子・・!(愛しい)
うん・・・
ごめん。
私、それ・・・ちょっと見ないようにしてたな。
実は昔、大嫌いな人がいた。
その人は、口を開けば誰かの悪口。
いつも誰かを攻撃して、自分の主張がいかに正しいか周りに触れまわっていた。
正直一緒の空間に居たくなかったし、喋りたくもなかった。
なんで自分を正当化するために、他人をこき下ろすのか理解できなかった。
きっとその人にはその人の背景があるんだろうなと思ってはいたけど、それでも嫌で仕方なかった。
そして嫌だと思う自分は、なんて心が狭いんだろうと思って、それでまた苦しくなった。
どうしてもどうしてもその人のやることを流せずにいた。
でも、自分の中の正子ちゃんを見ていると、なんで当時あんなにその人が大嫌いだったかよくわかる。
その人を通して、私は見たくない自分の中の正子ちゃんの姿を見ていたからだ。
一生懸命誠実で、優しい自分になるためには、「私をわかって」「私を認めて」っていう自分勝手な正子ちゃんの存在を認めるわけにはいかなかったからだ。
だって、一生懸命で誠実で優しい自分になるために頑張っている私。
そんな私が他人に「私をわかって!認めて!」なんて口に出したら、頑張る自分を否定することになる。
・・・当時は無意識にそう思っていた。
だからその人を見ていると、「私はこんなに頑張って自分を抑えているのに、あんたはよくそんなこと平気で出来るよね!」って怒りがおさまらなかったんだと思う。
無意識に。
あーーーーーほんとゴメン!!!正子ちゃん!!!
そりゃ暴れたくなるよな!
自分勝手なのは、私もだったよ!!
自分勝手な他人に認めてもらいたい正子ちゃんを否定しなくたって、一生懸命で誠実で優しい自分がなくなるわけじゃないのにね。
どっちも本当の自分なのにね。
正子ちゃんの存在を認めたら、一生懸命頑張る自分を否定するような気がしていたよ。
ごめん正子ちゃん!(ノДT)アゥゥ
しばし泣く。
そしたら正子ちゃん、こう言ってくれた。
「この文章消していいよ」
そう言って、メッセージの中の悪態をひとつ消してくれた。
「これもいらない」
「これも」
そうやって一つ一つ悪態を消して、最終的に残ったメッセージは最初に私が作ったメッセージとそれほど変わらないもの。
でも・・・・・すとん!とようやく正子ちゃんは身体の力を抜いてくれた。
「これでよし!」
(続く)
次回いよいよ正子ちゃんシリーズ最終回!(笑)
私は正しい!その1
私は正しい。
だってこの理論を考えるのに、どれだけ時間を費やしたか。
そして考え抜いたか。
どれだけ勉強したか。
ありとあらゆる想定をして、そしてはじき出した理論。
どんな反論だって論破してやる。
だって正しいんだから。
・・・・・・って「私は正しい」と声高に主張する子がいるんです。
私の中に。
命名「正子(まさこ)ちゃん」(´∀`)
正子ちゃんは、普段はおとなしいんですよ。
別に悪さをするわけでも何でもなく、ちょこんと大人しくしているんです。
たまーに顔を出して「私いるわよ!」と主張する時がありますが、そんなに強く出る事はありません。
ところがこの正子ちゃんが特に俄然張り切る時があるんです。
それが他人からの批判を受けた時。
つまり、他人の正子ちゃんの攻撃を受けた時です。
たまたまネット上で他人の正子ちゃんから、誹謗中傷?に近い批判を受けました。
その攻撃に心ない言葉が羅列されていると、それがまた正子ちゃんを刺激するんですね。
ものすごい勢いで怒りまくる正子ちゃんは私に言います。
「はぁ!?なにこれ!!完全にあっちがおかしいでしょ!!なんなの?この理屈!!わけわかんないし!!(╬◣д◢)」
「いや・・・確かにそうなんだけどさ・・・(;´д`)ノでもあっちにはあっちの言い分があるかもよ?」
「だからってこんなひどい言葉よく言えるよね!!『あんたは人の気持ちがわからない偽善者。いい気になるな』ってあるけど、人の気持ちがわかってないのはどっちだっちゅうねん!!凸(゚皿゚メ) 」
「ま・・・まあね・・・でもさ、この人と同じ土俵には上がりたくないんだよ私ヾ(- -;)」
正直に言いましょう。
正子ちゃんはめんどくさい子です(´∀`)
この子が暴れ出すとうんざりします。
無視したくなります。
見たくないです。
でもそうすると、ますます正子ちゃんは ( ;゚皿゚)「聞けーーーー!!!」って激しく暴れるんです。
私の中でガンガン手足をばたつかせて暴れ出します。
つ・・・辛いんですけど・・・正子ちゃん・・・_| ̄|〇 il||li
で、だんだん私も正子ちゃんの言葉に惑わされるようになります。
「あっちの正子なんてさ!ちょろいもんよ!こんなの簡単に論破できるじゃん!?」
「ま・・まあね・・・。実際言っていることおかしいもんね」
「でしょ!?ガツンと言ってやればいいんだよ!!こんな奴にどう思われたってそんなのカンケーないじゃん!」
「確かに・・・。別にどう思われたって構わないしね」
「あっちの正子に、自分がどれだけ狭い世界で物事考えているのか、思い知らせてやろうよ!!」
うんうん、そうだそうだ。
だってどう考えたって、向こうがおかしい事言ってるもん。
誰に話しても「なんだそりゃ」って言うもん。
それに思い知らせる事ができたら、こっちの正子ちゃんの溜飲だって下げられる。
そしたら何より私が楽になる。
向こうが売った喧嘩なんだから、きっちり落とし前つけてもらえばいいじゃん♪
悪いのはあっち。
むしろ言い返して向こうの気付きになれば良い事してあげてるじゃん?
うん、これで万事おっけー☆ъ( ゚ー^)
・・・・てコラ待て。
よく考えろ自分。
万事おっけーって・・・・そりゃ自分的には気が晴れるだろうさ。
でもあっちは恨みにしか思わないよ?
それはそれで構わないかもしれないけどさ・・・
でもこの批判をもらう前にお前堂々とこう言っていなかったか?
「人は一人ひとり違う」
「だから違いを尊重し合う作業をしましょーね♪」ってどの口が言っていたのかな?ん?(´∀`)
これ、自分が大事にしたい価値観じゃん。
あー・・・でも正子ちゃんが黙ってないよね・・・どうやって正子ちゃんと折り合いつけたらいいんだ・・・?
・・・って待てよ。
あ!
そういや私の職業コーチだ(ノ∀`)←気付くのが遅い
というわけで正子ちゃんとのセッションはじまりはじまり~♪
(続く)