気づけなかった、伝えたかった
仕事で文章を書きながら、ふと昔・・・そう、あれはまだ保育士になって2年目の頃のこと。
当時担任していた、たいちゃんという男の子のことを思いだした。
たいちゃんは頭のいい子だった。
周りをよく見て、行動できるし、自分のこともハキハキ話すことができる。
優しいところもあるし、とっても活動的。
でもたいちゃんは、クラスに慣れると、状況をわかっていながらわざと悪さをするようになった。
完全なる確信犯。
注意されても叱られても、その時は大泣きするけど、再び悪さを繰り返す毎日。
なぜだろう?
こんなに物事をわかっている子が、なぜ同じ過ちを何度も繰り返すんだろう?
当時の私は不思議で仕方なかった。
でもある時原因がわかった。
たいちゃんは、母子家庭で一人っ子。
お母さんは当時20代。
「先生、この子が悪さをしたら、ビシッと叱ってやってください」と言うくらい、真面目でしっかり者だった。
たいちゃんを一人前にしっかりと育てたい気持ちがひしひしと伝わってきた。
・・・そう。
お母さんはたいちゃんにとても厳しかったのだ。
当時の私は思った。
そうか。たいちゃんはお母さんに甘えられなくて、そのうっ憤を保育園で晴らしていたのだと。
きっと本当はお母さんに甘えたかったに違いない。
そうとなれば、言いづらいけど現状をお母さんに把握してもらう必要がある。
私は懇談でお母さんに、たいちゃんの保育園での様子を伝えた。
お母さんはショックを受けていた。
「家ではそんな姿、見たことないんです。本当によく言うこと聞いてくれるし、お手伝いもしてくれるし・・・。」
それを聞きながら、私はやっぱりなぁと思った。
たいちゃんは家では本当の自分をさらけ出せないんだ。
普通子どもって、家ではわがままだけど、外ではそれなりにいいところを見せようと頑張るもの。
でもたいちゃんはそれができないんだ。
これ問題だよ。と。
この時は、保育園でも様子を見守りますね~おうちでは、ゆっくり甘える時間も作ってくださいね~的な流れになったように思う。
お母さんは神妙な表情で受け止め、その後ちょくちょく相談したりしてくれた。
表面上は、なんのトラブルもなかったけれど・・・・でも。
今だったらもっと違う伝え方をしていた。
そもそも
家ではお利口にして、保育園で悪さをすること・・・・今の私が担任なら、それを問題にはしない。
このたいちゃんの姿は、決して「問題」ではなく、子どもとして「当然の姿」だったんだと今ならよくわかるのだ。
それを踏まえたうえで、お母さんにきっとこう伝えたと思う。
きっとお母さんを守りたかったんだね。
お母さんのことが大好きだから。
保育園で何度注意されても、叱られても言うことを聞かないたいちゃん。
でもお家では絶対それをしなかった。
それはきっと厳しさのレベルが違うといった問題じゃない。
だって保育園で叱られるというのは、子どもにとって大勢の前で恥をかくこと。
たいちゃんほど周りの空気を読む子なら、相当きつかったはず。
たいちゃんは、家ではお母さんを困らせないと決めていたんだと、今なら思えるのだ。
お母さんに我慢させられていたのではなく、たいちゃん自身が決めていたんだ。
もしかしたら反抗したら愛されないかもという恐れはあったかもしれない。
でも仮にそうだとしても、間違いなく根っこにはお母さんが大好きという想いがあったはず。
お母さんの笑顔が見たくて、お母さんを喜ばせたかったはず。
だから保育園では、お友達が悪ふざけをしているのを見て、普段やれない悪さを自分もしたくなったんだ。
ちょっといい子ちゃんでいることが疲れちゃったんだよね。
お母さんのナイト役は、やっぱり大変だもの。
だからタイムマシンに乗って、当時のお母さんに伝えたい。
お母さん、たいちゃんは大丈夫。
だってこんなに心優しい子に育っているもの。
きっとたいちゃんに対して、こんなお母さんで申し訳ないって思うかもしれない。
けれど、そんなお母さんだからこそ、たいちゃんは大好きなんだよ。
だからたいちゃんの愛情をしっかり受け取って、ありがとうって伝えてね。
そしてちゃんとした親になろうと、辛い顔で頑張ることよりも、笑顔でたいちゃんと過ごすことを大切にしてね。
もっとお母さんはわがままに、自分を大事にしていいんだよ。
そしたらきっとたいちゃんも、お母さんの笑顔を守るお役目を手放して、素直に自分を出せるようになるからね。
保育園では、誰かを傷つけたときは注意するけど、時には片目つぶって見逃すよ(笑)
たいちゃんには息抜きが必要だからね♪
伝えられなかったこの言葉
当時のお母さんには届かなかったけれど
今子育てに悩むお母さんたちに
そして今似たような問題に悩む先生たちに届きますように。
自分のことはなかなかわからないもんだ2
前回の続きです
自分のことはなかなかわからないもんだ
さて、飲まず食わず遊ばず眠れずだったなっちゃんが、入所して1週間たったある日、とうとう・・・とうとうお茶の入ったコップに初めて手をかけたのです!
その時の図がコチラ

わたしはこんな感じでコップを手にしておりました。
で、この時のなっちゃんは、コップをこのようにつかんだのです。

・・・・おわかりいただけるだろうか?
こともあろうになっちゃんは、親指を下にしてコップの取っ手をつかんだのです。
実際やっていただけるとよくわかると思うのですが、この状態で私が手を離せば、当然のことながらコップはひっくり返り、お茶はこぼれてしまいます。
絶体絶命の大ピンチ。
でも人ってこういう時、ピンチを切り抜けるための知恵を絞るどころか、単純に慌てちゃうのよね。
「なっちゃん!そんな持ち方したらお茶がこぼれちゃう!(゚Д゚;)」
・・・・思わず叫んじゃったよ。
するとなっちゃん、1歳児とは思えぬ鋭い目つきでキッと私をにらんだかと思うと、パーーーーン!!と一瞬にして私の持っていたコップを叩き落とすという大技を繰り出してきたのです。
その瞬間
私の中で張りつめていた何かがプチッと切れました。
瞬間的になっちゃんを膝からおろして床に座らせると、私は正座になってなっちゃんと向き合いました。

こんな感じ
そして半泣き状態でこう叫んだのです。
「先生だってね!一生懸命やっているんだよ!!でもどんなに頑張ってもなっちゃんの要求に100パーセント応えられるわけじゃないんだから!!」
・・・・たっぷり2秒、ぽっかーんとするなっちゃん。
が、次の瞬間火が付いたように「ぎゃああああああああああああああああああ!!!」と大泣き。
その泣き声にはっと我に返った私は、慌ててなっちゃんを抱き上げて「ごめんねごめんね!一番つらいのはなっちゃんなのに!」と必死で謝るものの、当然なっちゃんは泣き止まず途方にくれてしまい、園長先生に泣きついたのでした。
もうこの時の自己嫌悪といったら!
これをやったのがお母さんならわかるのですよ。24時間子どもと一緒にいれば、こんな状態になっても不思議ではないと思うのです。
でも自分は保育士なのに。
これは仕事なのに。
保護者の方は、きっと心配しながら、それでも預けてくれたはずなのに。
なのに1歳の赤ちゃんを相手に何をやっているんだ私は・・・とめちゃくちゃ落ち込みました。
落ち込むうちに、保育士として・・・というより、人間的に間違っているような気がしてきて、「私・・・赤ちゃん相手にこんなことでいちいち感情爆発させていたら、この仕事をしちゃいけないのかもしれない」という考えすら頭をよぎりました。
それくらい当時の私は、とことん落ち込んでおりました。
・・・で、
そのことを、保育士ではない子育て中の友達に話したのですよ。
きっと同じ立場の保育士に話したら「あー・・そっかぁ。やっちゃったね。仕方ないよ。また明日から可愛がってあげれば大丈夫だよ」と励ましてもらえそうな気がしていました。
でも当時の私は、自分が許せなかったので、親の立場である友人に話して、ちゃんと叱ってもらいたかったのかもしれません。
(どんだけマゾだったんだ自分)
でもその友人は私の話を、最後までうんうんしながら聞いた後、たった一言、こう言ったのです。
「かえみちゃんって優しいんだね。たったそれだけで済んだんだ」
・・・・へ?
自分の中の「私ってなんてダメな人間なんだ」という世界がガラガラと音を立てて壊れていった瞬間でした。
そしてそれまで「自分はこの仕事をやってはいけないのかも」とまで思い詰めていた重苦しい気持ちが一気に吹き飛び、「よし、また明日から頑張ろう」と素直に心から思えたのです。
なぜあの時、あんなふうに素直に「頑張ろう」と思えたのか、今ならよくわかります。
友人は、私がやってしまった行為に対して「それはやってはいけないこと」を前提に、叱るわけでも励ましたわけではありませんでした。
私がやってしまった行為の中にある、私の愛情に気が付いてくれたのです。
でもこれ、落ち込んでいる最中ってなかなか気づけない。
失敗して自己嫌悪に陥っている時ほど、なかなか自分の中の本当の想いや愛情がわからない。
だってマイナスばかりが大きく見えてしまっているから。
でも今だったら
今だったらわかるのです。
友人が教えてくれたように、やってしまった行為の中に、実は愛情があったことも
そしてそんなに自分を追いつめて、自分を責めたかったのも、すべてはなっちゃんや保育士という仕事への愛情からきていたんだなとわかるのです。
本当はなっちゃんを傷つけたくなかった
本当は保育士として、しっかり仕事をしたかった
そんな自分の本当の気持ちに気づけたとしたら、その本当の気持ちを大切にすればよいと思うのです。
そんなことに一つ一つ気づけた頃から、私は失敗することや、誰かに迷惑をかけてしまうこと、傷つけてしまうこと・・・怖さが半減したように思います。
なぜなら必要以上に自分を責めなくなったからです(´∀`)
そうはいってもまだまだ行ったり来たりではありますが(笑)
でもそれすらもね、良しとしていいんじゃないかなーと思っております☆
あ、ちなみになっちゃんではありますが・・・
その事件から1週間後、憑き物が落ちたように「保育園大好きっ子」になりました(笑)
お母さん曰く、朝になると早く保育園に連れて行けと大騒ぎだったそうです(´∀`)
私、どうやらなっちゃん試験官による2週間の試用期間を合格できたみたいです。
自分のことはなかなかわからないもんだ
失敗したとき
うまくいかなかったとき
誰かに迷惑をかけた時
誰かを傷つけてしまった時
地球の裏側まで穴を掘れるんじゃないかっていう勢いで、落ち込んで落ち込みまくって、なかなか立ち直れない時ってある。
そこまで凹んだあとで「さぁあとは浮上するのみ!」と思えたらいいけど
「だからやっぱり私はダメなんだ」と思って、何をするにも、何を伝えるにも、「これでいいのかな?」と不安におびえて自信を無くしてしまってたとしたら
それはやっぱり偏った自分しか見えていない時なんじゃないかなぁと思うのです。
だいぶ昔の話ですが、私が初めて0歳児クラスの担任になれた時のことです。
それまでの私は、幼児担任がほとんどだったので、未満児の、しかも0歳児担任というのは本当に若葉マークの初心者。
でも当時配属になっていた保育園は、とても小さな園だったで0歳児は2人で担任は私一人という状態。
すぐ近くに相談できるベテランの先生がいらっしゃらなかったため、試行錯誤しながら、事務室に助けを求めながら何とか乗り切っておりました。
そんなある8月のある暑い日に、1歳の誕生日を迎えたなっちゃん(仮名)が途中入所してきました。
お母さんと離れての初めての保育園生活。
当然のことながら、なっちゃんはよーーーーく泣きました(泣)
朝、お母さんと登園しながら大泣き。
お母さんと別れて大泣き。
おもちゃを前にして大泣き。
友達が水浴びしているのを見て大泣き。
抱っこされても大泣き。
おやつもごはんも大泣きして食べられず。
フォローアップも大泣きして断固拒否。
おんぶしながら寝かそうにも大泣きしてなかなか眠れず。
飲まず食わず遊ばず眠れず
そんな日々が数日間続きました。
大抵はそんな数日の間にも、おやつが食べられたとか、おもちゃに興味を示したとかちょっとした変化がみられるものです。
でもなっちゃんの場合、きっとあったにはあったのでしょうが、その当時の必死な私には、なっちゃんの変化はわかりませんでした。
何をしてもぎゃんぎゃん汗びっしょりで泣き続けるなっちゃんに、いよいよ私は精神的に追い詰められていきました。
「このまま脱水症状になったらどうしよう」
「お母さんは保育園を信頼して、預けてくださっているのに申し訳ない」
「なんで泣き続けるんだろう。何がいけないんだろう」
きっと当時の私は、超つまらない陰気で必死な表情をしていたんだろうなーーーと今ならわかります。
私のその負のオーラをなっちゃんは感じ取っていたんだろうなぁと。
なっちゃんにしてみれば、不安に不安を上乗せされていたと思うのです。
そりゃなっちゃんも楽しくないよね。゚(ノдヽ)゚。
で、1週間たったある日のこと、事件が起こりました。
私は左腕で支えながらなっちゃんを膝の上に載せ、右手にはお茶の入ったコップを持っていました。
なっちゃんはぎゃんぎゃん泣いていたもののなんと入所して初めて、自分からコップに手をかけたのです。
入所して1週間、何をしてもただただ泣くだけで、飲まず食わずのなっちゃんが、初めてお茶に興味を示した!!!!!
∑(0д0)←その時の自分
・・・が
なっちゃん・・・
なんでだよぉぉぉぉ・・・・・!!!!
つづく
現場実践型研修プログラム 報告
先月末、中野中央幼稚園様にて、今年度分の現場実践型研修プログラムが終了しました。
中野中央幼稚園様には、昨年からお世話になっていました。
毎回ここが私のホームと言っていいくらいの温かさで出迎えてくださり、園長先生をはじめとして先生方が毎回真摯に話を聴き、そして胸の内を語り、皆で共有しながら、本当に感動と充実の時間を過ごすことができました。
感謝感謝でいっぱいです。本当にありがとうございました!
なのに
報告が遅くなってしまい・・・・すみません_| ̄|○ il||li
いや・・実は溢れんばかりの想いが暴走した記事を、3回ほど手直し、揚句に操作を間違って消去するという失態を犯して、10日間部屋の隅っこで丸くなっていたのです。←若干脚色あり
(ノ∀`)
さて、今回頂いた感想の中に、こんな言葉がありました。(感想より一部抜粋です)
私はかえみ先生の講座をお聞きするまで『自分で自分を認めちゃいけない、褒めてはいけない』という思いがありました。
褒めたら成長がないと思って・・・。
けれどかえみ先生のお話で『もっと自分の存在を大切に想っていいんですよ』というメッセージをいただき、自分が自分でいることに幸せを感じられるようになりました
>『自分で自分を認めちゃいけない、褒めてはいけない』という思いがありました。褒めたら成長がないと思って・・・。
これ!
本当に本当によくあることだと思うんです!!
すごくわかります!!
実際に、私もそういうところが未だにありますし、無意識にそう思っている先生方が多いなぁというのは、肌感覚としてあります。
私は研修や講演会の先々で、「きっとそれが自分の魅力だということに気付いていないんだろうな、それが自分の中の愛情だということに気が付いていないんだろうな」と思うことを、積極的に全体にも個別にもお伝えさせていただいてます。
そうするとほとんどの方はこんな反応をされるんです。(ちなみこれらは、私の得意技でもあります)
「いや・・・そんなそんな」→いたたまれず俯いて手をぶんぶん振る
「いやぁ優しいっていうより、単なるおせっかいなんですよ」→褒め言葉を短所に変えて笑いに持っていく
「私なんて全然!○○さんのほうがすごいんですよ!」→持っていてはいけない爆弾ゲームのように、違う人へバトンタッチ
こんなふうに自分を落とすほうが楽ちんで、もらった褒め言葉を受け取るのが意外と難しかったりするんですよね。
これってまさに、自分で自分を認めたり褒めたりすることができないから受け取れない・・・という状態。
なぜそうなってしまうかというと、人の数だけ理由があるのですが(笑)頂いた感想の中に、先生方の多くが当てはまるんじゃないかなぁと思われるヒントがありました。
「褒めてしまったら成長がないと思って・・・」
そう!
成長したいと思っているから、自分を認めたり褒めたりできなくなっていたんですよね(*´∀`*)
翻訳すると
「成長したいから、今の自分のままではいけない」ということ。
だからどんなに頑張っても
どんなにできるようになっても
みんなから褒められても
「今の自分のままではいけない」し、
失敗したり、うまくいかないのは
「今の自分のままではいけない」からそうなるんだ。
という「今の自分のままではいけない」という現実を、これでもかこれでもかと作っちゃうんですよね。
この状態なら、どんなに素晴らしい保育実践をしても、永遠に心から楽しめないし、心からの充実感も得られないと思うのです。
(成功すれば、一時テンション上がりますが、今度も成功しなくちゃという恐れが生まれますよね)
ツライ・・(>_<)
何よりも
大好きな先生がそんな気持ちで保育をしていたら、子どもだって悲しいと思うのです。
だから現場実践型研修プログラムでは、こういった心の部分に焦点を当てて、実践を通しながら自分と向き合ってもらいます。
「今の自分」にOKを出す。
すると今まで気が付かなかった、自分が既に持っているものに気付けたり、素直に挑戦する勇気も持てるのです。
結果欲しかった「成長」が手に入ったりするんですよね♪
私もそんなふうに、「あ、また自分にOK出せなかったな」って気が付いたりしながら、「そっかそっか。じゃあどうしよっか?」と何度も自分と対話しながら、自分が本当にやりたいこと、大切にしたいことをシンプルに行動してます。
それこそ行ったり来たりしながら(´∀`)
本当にね、先生方には心から保育を楽しんでほしいのですよ。
無邪気に子どもと一緒に笑っていてほしいのです。
私のそんな自分勝手な願いを(笑)一緒に模索し、向き合っていただいた中野中央幼稚園様には、本当に感謝です。
それどころか私自身、研修中は先生方の素直な心、そして園長先生の大きな愛情に学びをいただいたと思っています。
本当に本当にありがとうございました!